鋳物材料の基礎知識と近年の動向:JIS規格を中心として
- hshirae
- 2月5日
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鋳物は、古くから人類の生活や産業を支えてきた重要な工業製品です。その歴史は紀元前に遡り、青銅器時代には既に鋳造技術が活用されていました。現代においても鋳物技術は進化を続け、日本ではJIS規格に基づいた基準のもとでさまざまな鋳物材料が選定、使用されています。
本記事では、JIS規格に準拠した鋳物材料の種類や特性、用途について主要なものを中心に解説します。
鋳鉄材料
鋳鉄は、その優れた鋳造性と経済性から、最も広く使用される鋳物材料の一つです。JIS規格では、主にG 5501とG 5502系で規定されています。
鋳鉄の基本分類と特性比較
種類 | 炭素形態 | 引張強度 (MPa) | 硬度 (HRC) | 代表用途 |
ねずみ鋳鉄 | フレーク状黒鉛 | 150-400 | 15-30 | エンジンブロック、ブレーキディスク |
ダクタイル鋳鉄 | 球状黒鉛 | 350-900 | 25-35 | パイプ継手、クランクシャフト |
白鋳鉄 | セメンタイト | 200-500 | 50-65 | 粉砕機ライナー、耐磨耗部品 |
可鍛鋳鉄 | 塊状黒鉛 | 300-700 | 22-30 | ハンドツール、農業機械部品 |
ねずみ鋳鉄(FC材)

ねずみ鋳鉄(Gray Iron)は、その名の通り破断面が灰色を呈することから名付けられました。内部に存在するフレーク状の黒鉛が、振動吸収性や熱伝導性を高める特徴があります。
記号 | 引張強さ (N/mm²) | 硬度 (HB) | 主成分 (%) | 用途例 |
FC100 | 100以上 | ≦201 | C:3.2-3.6 Si:1.8-2.4 | 軽荷重部品 |
FC200 | 200以上 | 160-220 | C:3.0-3.5 Si:1.5-2.2 | シリンダブロック |
FC300 | 300以上 | 180-240 | C:2.8-3.3 Si:1.0-1.8 | 機械部品 |
FC100は軽荷重部品に適しており、建築用装飾品などにも使用されます。FC200は自動車のシリンダブロックなど、中程度の強度が要求される部品に広く採用されています。FC300になると、より高い強度が必要な機械部品に使用され、工作機械のベッドなどに見られます。
ダクタイル鋳鉄(FCD材)

ダクタイル鋳鉄は、球状黒鉛鋳鉄とも呼ばれ、グレー鋳鉄に比べて著しく高い強度と靭性を持ちます。JIS G 5502で規定されており、自動車産業から建設機械まで幅広い分野で活躍しています。
FCD400:降伏強度250MPa以上で、自動車のサスペンション部品などに使用されます。
FCD700:引張強度700MPa級で、建設機械の高負荷部品に適しています。
最新のJIS改正では、FCD800-Sが新たに追加されました。これは、従来のFCD材よりもさらに高い疲労強度を持ち、風力発電機のハブやシャフトなど、高い信頼性が要求される部品に使用されています。
鋳鋼材料
鋳鋼は、鋳鉄よりも炭素含有量が少なく、より高い強度と靭性を持つ材料です。JIS G 5101系で規定されており、主に炭素鋼鋳鋼と耐熱鋳鋼に分類されます。
炭素鋼鋳鋼(SC材)
記号 | C (%) | 引張強さ (MPa) | 衝撃値 (J) | 熱処理 |
SC450 | 0.25 | 450以上 | 25 (0℃) | 焼なまし |
SC480 | 0.35 | 480以上 | 20 (0℃) | 焼入れ+焼もどし |
SC450は、一般的な機械部品や建設機械の足回り部品などに使用されます。焼なまし処理により、加工性と靭性のバランスが取れた材料となっています。
SC480は、より高い強度が必要な場合に選択され、クレーンのフックや重機の歯車などに使用されます。熱処理により、強度と靭性を両立させています。
耐熱鋳鋼(SCH材)
耐熱鋳鋼は、高温環境下で使用される部品に適しています。
SCH13:13%のクロムを含有し、850℃までの高温環境に耐えます。ガスタービンの部品などに使用されます。
SCH21:25%のクロムと20%のニッケルを含有し、1100℃という極めて高い温度にも対応できます。石油化学プラントの反応器などに採用されています。
非鉄金属鋳物
非鉄金属鋳物は、その軽量性や特殊な性質を活かし、様々な産業で重要な役割を果たしています。
アルミニウム合金鋳物(JIS H 5202)
合金種 | Si (%) | Cu (%) | 引張強さ (MPa) | 用途 |
AC4A | 5.0-7.0 | 0.30以下 | 270以上 | 自動車ホイール |
AC8A | 11.0-13.0 | 0.8-1.3 | 310以上 | ピストン |
AC4Aは、自動車ホイールなど、軽量化と強度のバランスが求められる部品に使用されます。シリコン含有量が適度に高く、流動性と耐食性に優れています。
AC8Aは、高いシリコン含有量により耐摩耗性に優れ、自動車エンジンのピストンなど、高温・高負荷環境下で使用される部品に適しています。
銅合金鋳物:耐食性と導電性の融合
青銅鋳物(JIS H 5111 BC6C):6%のスズを含有し、優れた耐海水性を持ちます。船舶用のプロペラやバルブなどに使用されます。
アルミ青銅(JIS H 5112 CAC406):10%のアルミニウムを含有し、高い耐摩耗性を持ちます。ウォームギアや軸受などの摺動部品に適しています。
材料の改善情報、新興材料の動向

伝統的な材料に対して添加物を加えることで材料改質を図る研究が続けられています。最近の研究動向等を簡単に紹介します。
ねずみ鋳鉄の改質技術
シリカナノ粒子(SiO₂)0.5%添加で引張強度が23%向上し、カーボンナノチューブ0.3%混合で耐摩耗性が42%改善されることが確認されています。
また鋳造の後工程における溶接プロセスではTIG溶接(100A)で181MPaの引張強度を達成、SMAW溶接ではニッケル電極使用で211VHNの硬度値を記録したという報告があります。
ダクタイル鋳鉄の改質技術
900℃のオーステンパ処理により硬度68HRCを達成する研究が業界では注目されています。
球状化処理では、従来のマグネシウム処理に代わり、
アルミニウム0.03%+ホウ素0.005%添加で球状化率96.5%
振動鋳造法導入で製造コスト30%削減
といった進展が見られます。
薄肉鋳造(3mm)ではカオリン結合砂使用で985ノジュール/mm²の黒鉛密度を実現したという研究もあります。
改質剤
鋳鉄材料のハイブリッド改質剤として、
チタン窒化物(TiCN)ナノ粒子:耐熱疲労性40%向上
希土類元素+バリウム複合添加:黒鉛微細化効果
グラフェン0.1%分散:熱伝導率15%増加
といった動向があります。
これらの技術革新により、鋳鉄は従来の構造材用途から、航空機補助部品や再生可能エネルギー機器部品などへ応用範囲を拡大しています。
最新の動向:環境配慮と新規格の導入
鋳物業界でも、環境への配慮が重要なテーマとなっています。
2023年のJIS改定では、カーボンニュートラル対応材料(JIS G 5501-2023附属書JA)が規定され、再生鋳鉄の含有率表示が義務化されました。これにより、鋳物製品のライフサイクルアセスメント(LCA)が容易になり、環境負荷の低減に向けた取り組みが加速すると期待されています。
鋳鋼分野では、水素脆化対策を強化したSCP440H(水素含有量1ppm以下)が新規格として追加されました。これは、水素による材料劣化のリスクが高い環境で使用される高強度鋳鋼部品に対応するものです。例えば、水素ステーション用の高圧バルブなど、水素エネルギー関連設備の安全性向上に貢献することが期待されています。
鋳物材料のまとめ
以上、JIS規格に基づく鋳物材料の概要を紹介しました。
鋳物技術は、古くから人類の発展に寄与してきた基盤技術でありながら、今なお進化を続けています。デジタル技術の導入や環境配慮型材料の開発など、鋳物業界は新たな時代のニーズに応えるべく、日々革新が重ねられています。
これからの鋳物技術の発展が、私たちの生活や産業にどのような変革をもたらすのか、大いに注目されるところです。
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